下町ロケット結末ネタバレや名言を一挙公開!佃航平はアツかった!

下町ロケット

会社勤めの人が見たらスッキリできる、日本の町工場がモデルになった池井戸潤さんの作品シリーズの中の『下町ロケット』は、ご覧になられましたか?

今回はその『下町ロケット』の中でも2015年に放送された第1期について、心にグッとくる名言も含めて書いていきます。

このお話は必死に夢を追い続ける大人たちの姿が描かれていて、平均視聴率18.5%、最高視聴率22.3%を記録したんですよ。ネタバレもありますので、気になる方はご注意くださいね!

スポンサーリンク 

あらすじ

父の跡を継いで、佃航平が佃製作所の二代目社長になりました。航平は元は宇宙科学開発機構(JAXA)の研究員だったのですが、ロケット打ち上げ失敗の責任を負って退職しています。

景気の影響もあり、佃製作所の経営は下降していっていますが、航平はロケットエンジンの研究が諦めきれずにいました。そんな中、ライバル会社から特許侵害で90億円もの金額を賠償請求されてしまいます。

そんなときに大企業「帝国重工」の宇宙航空部長の財前から佃製作所の持つバルブシステムの特許を20億円で買い取りたいと持ち掛けられます。しかし航平はバルブシステムの部分供給を提案します。

どの社会にもあるような様々な人間模様がある中、バルブテストの部分供給のための部品テストが実施されることになりました。結果は…航平たちのバルブシステムが高く評価され、ついに佃製作所のバルブシステムを搭載したロケットが打ち上げられたのでした。

ロケット打ち上げの成功から3年がたったころ、元社員から心臓の人工弁を開発する「ガウディ計画」のプロジェクトに参入してほしいと持ち掛けられます。

航平は多くの心臓病患者を救うことができると思い、佃製作所もそのプロジェクトに参加することにしました。

作者池井戸潤さんの作品の中でよく描かれる大企業の不正などの中、中小企業である佃製作所の作った人工弁が実用化に向けて動き始めます。

宇宙への航平自身の夢をかなえた後は、人を助けるための努力をしていくんですね。

視聴者からすると、明日からの仕事に向けて憂鬱な日曜日の夜、前向きに仕事に向きあえる気持ちに切り替えることができる作品だったんですね。

同じく「日曜劇場」で放送されていた”下町ロケットシリーズ”の続編についてはこちらをどうぞ↓

スポンサーリンク 

佃航平を演じた阿部寛

主人公は佃航平(阿部寛)です。父親の死に伴い、佃製作所の2代目社長になりました。中小企業での資金繰り以外にも、いろいろな困難を乗り越え奮闘する「ものづくり」にアツイ航平です。

そんなアツイ男、佃航平を好演された阿部寛さんについて調べてみました。

阿部寛(あべひろし)さんのプロフィール

  • 生年月日:1964年6月22日
  • 所属  :茂田オフィス
  • 身長  :189cm
  • 血液型 :A型
  • 出身  :神奈川県横浜市

大学在学中に優勝賞品の車が欲しいという理由で、集英社第3回ノンノボーイフレンド大賞に応募し、優勝します。それから「ノンノ」「メンズノンノ」のカリスマモデルとして活躍していましたが、端正な顔立ちから二枚目の役しかなく、少しずつ仕事が減っていきました。

「あの人は今」というテレビ番組に取り上げられることを契機に、演技派としての再スタートを誓います。

そして2000年、仲間由紀恵さんと共演した「TRICK」では、コミカルなキャラクターの物理学者を好演します。

その後の活躍は皆さんご存知の通りです。あんなに有名な俳優さんでも、つらい時期があったんですね。

阿部寛さんは無類の焼き芋好きで、スーパーに行くたびに大量に焼きいもを買い占めるため、阿部さんが来店したときには店員から焼き芋を隠されるようになったそうですよ。お茶目な一面もありますね。

また「結婚できない男」というドラマのイメージがありますが、15歳年下のキレイな奥さんやお子さんもいらっしゃるそうですよ。

ロケ地は

ドラマのロケ地って、ちょっと興味がありますよね。下町ロケットでのロケ地って一体どんな場所だったんでしょう。調べてみました。

佃製作所

東京都大田区矢口3丁目:桂川精螺(せいら)製作所。ねじ、自動車部品工場

帝国重工

茨城県つくば市御幸が丘:フジキンつくば先端事業所。モデルは三菱重工だと言われています。

JAXSのオフィス

東京都清瀬市中清戸4丁目:大林組 技術研究所

いろいろな場所で撮影されているんですね。ロケット打ち上げは、もちろん種子島宇宙センターですよ。ロケ地めぐりをして熱い航平の気持ちになってみるのもいいですね。

スポンサーリンク 

佃航平の名言

サラリーマンの熱い支持を得ていた「下町ロケット」の心にグッとくるたくさんの名言の中から佃航平が語った名言を集めてみました。

1話より

「「いい年して夢みたいなこと言うな」って銀行に笑われた。だがな、いい年したオッサンが夢見て何が悪い。町工場が夢見て何が悪いんだ」

”年齢で線引きする”ことは、ありがちですが、航平のようにいくつになっても堂々と夢を語れる大人って、かっこいいですね。

2話より

「裁判長、これだけは言っておきます。たとえこの裁判に負けたとしても、ナカシマに特許を奪われたとしても、屁でもありません。培ってきた技術力だけは決して奪えない。正義は我にありだ」

特許侵害を争うナカシマ工業との裁判のときの名言です。自分が培ってきた確かな技術だけは、誰にも奪えないという絶対的な自信と誇りを持つまでには、たくさんの失敗や、それを超えるたくさんの努力をされてきたからこそ言える名言ですね。

3話より

「難しいからこそ、やる価値があるんだ。どんな難問にも必ず答えはある。挑戦すれば必ず答えは出せる。私はそう信じているんです。」

「ビジネスになるかどうかわからないのに、なぜそんな技術を追い求めるのか」と帝国重工の財前部長に聞かれて、佃航平が答えた言葉です。

難しいからと言って挑戦をしなければ進歩も成長も無いですね。答えがわかっていることをやっても、面白みには欠けます。

5話より

「俺はな、仕事って言うのは二階建ての家みたいなもんだと思うんだよ。全体を支える一階部分は飯を食ったり、生活するために、金を稼ぐためにある。だがそれだけじゃ窮屈だろ。だから夢を見るための二階部分が必要なんだ。夢だけじゃ家は潰れちまうが、飯だけ食えてもそんな家は狭くて窮屈だろ。仕事には夢が必要なんだよ」

航平、いいこと言いますね。確かに一階部分だけだとつまらないです。日々課せられた仕事をこなすことだけで一杯いっぱいになってしまい、お金を稼ぐことだけのために働くのではなく(お金が無いともちろん生きていけませんが)その上には”夢”があると素敵ですね。

6話より

「どこに行っても苦しいときが必ずある。そんな時は逃げるな。人のせいにするな。それから、仕事には夢を持て」

職場や仕事を変えても、辛いときは必ずありますが、それを人のせいにするな!ですね。身に染みて分かりました。

8話より

「『挫折を経験したことの無いものは何も新しいものに挑戦したことが無い者だ』アインシュタインの言葉です。『困難の中にこそチャンスはある』と。ですから落ち込んでいる暇など無いんですよ」

失敗した後、反省をした上での”切り替え”が速いことは、生きていく上での強みですね。

最終話より

「技術者はウソをつかない。勝つべくして勝つなんてことはあり得ない。勝つか負けるか、ギリギリのところにしか本当の勝負はない。もし俺たちに勝ちたいなら、つまらない小細工などせず正々堂々と技術力だけでぶつかってこい!それができないなら二度と技術者を名乗るな!」

いつもギリギリまで努力し続けてきた航平ならではの言葉ですね。

下町ロケットの佃航平のアツすぎる名言、いかがでしたか?少し現実味がない印象も否定できませんが、日々の忙しい生活の中で、私たちが忘れてしまっている”大切なもの”、それから”仕事に対する意義”を思い出させてくれる言葉の数々でした。

スポンサーリンク 

まとめ

日曜日の午後9時と言えば、次の日の仕事のことを考えて少し憂鬱な気分になる時間帯ですが、そこにアツイ男、佃航平の「下町ロケット」を当ててきたTBS、さすがですね。そりゃ、高視聴率間違いなしですよw。

どこに行っても苦しいときが必ずある。そんな時は逃げるな。人のせいにするな!という航平の力強い言葉をかみしめて、もう一度「下町ロケット」を見てみようと思います。

タイトルとURLをコピーしました